♪ 平成二〇年度
♪ 平成二一年度
♪ 平成二二年度
♪ 平成二三年度
記帳室
♪ 四月一日
doubt
見上げれば通り過ぎていく逆夢
虹を渡す雨の中想う
確かめ合ったいつかの歌が
まだあの海のどこかを泳いでいたらと
漣が向かう世界の畔
たどり着いたのなら腰かけよう
髪は頁のように踊り 五本の栞はそっと押さえた
冷たい頬が理由を求め すべての雨が一度に降った
きっと
涙流せずに零れた笑顔は 君と似た強さの翳りで
包む日溜まりを縁取っていた 擁く手も無く揺れていた
♪ 四月一六日
川上
そっと綻ぶのを見ていた
その色は記憶の風にさえ揺れ 散った
迎えてくれる季節を歩く
俯くたび少し寄り添って
憬れ美しく燃え
往々にして意地が悪いのさ
思い出すだけの今日が 何か大切だといいね
せめて眠ろう 腐りかけの明日が待ってる
例えばの話さ
会う筈のない君と すべきでない約束を交わしたことも
その時間の答えは出さずにいるけど
今もまだ 水の中で聴くような
誰かが居てくれなくたって多分いいんだ
小さくはない声でそう繰り返してる
ただ少年じゃなくなっただけの僕は
会えなくなった君の絵を描いてた
♪ 五月一五日
カーテシー
そこにひれ伏していた。
「寄らないで。」
声が聞こえ、転がって仰向けへ。
「訊き返さないで。」
様変わりした視界の中、こちらを見下ろす一人の少女に気付く。
「子宮の音を聴いて。」
その足元で倒れたまま、見上げ続ける。
「ねえ?」
黙っていると、少女は手にしていた赤黒の花を僕の顔へ無造作に落とした。
眼前で散り、額とまぶた、頬や唇に広がる感触。
咄嗟に閉じた目を片方だけ、徐々に開く。
顔のあちこちに点在する冷たさと、それを与える花弁を端々に捉えた。
もう一度少女を見上げる。
何かを言おうにも、口は塞がれていた。
「花言葉?」
首を振る。
彼女の暗い瞳は渦巻いて見え、僕は呼吸を止めてその裾を首を
「少し嘘。」掴む。
互いが凌いだその場の意味は
打ち消す言語の品無き香りよ
繰り返す迂回で眩んだまなこ
ゴミみたいな命を生きるしか無かった僕の身にもなれよ
「言葉せがまれての空嘔吐なんて沢山なんだ。」
♪ 七月二日
かげふみ
いずれにせよ耐えられそうもないな
どこにも続かぬ契りを手繰り
深い苦しみを知る気でいたけど
ただ一人だっただけみたいさ
長く座った階段を 数段飛ばしで駆け下りた
聞き入れてしまいそうで耳を塞いだ
夜を閉ざして降る霧が 日の色に溶けるのを見た
白い息を吐く 少しでも近く染まれるように細く
抗えぬ黒とは知っている だけどそこに浮かぶ光彩を持たず
このまま独歩を続くには どうやら陰を負い過ぎた
どこにも行けない音を知り じき止む声の行方と知る
道の平らさにつまづいていく
♪ 七月七日
ひらら
今日は随分古い雨が降る
世界のすべてが本であるなら すべての人々は栞でしかない
只そうありたくはなかっただけ
「取り返しのつかないことはしたくない」
そのことに取り返しつかなくなってるんだ
多弁な雨粒に囲まれて 僕らは何も言えなかった
問いかける記憶は 時間がやけに調えてしまった
「どうして」 そう笑ってはいなかった
長い衣を揺らし 摘んだ花を落としゆく君
蝶を追うよう心許なくて
羽をもぐ思いでその髪を切った
随分と古い 雨が降るから
♪ 八月四日
幻肢痛
夕陽を遮る坂に建つ 鏡に森の映る家
木漏れ日は壁へと浮かび 光陰と風の溶け合う音がした
白くやわい脚を 艶やかな虫が這う
欠伸を忘れた唇は小さくとがり 隠していた揃いの指をふわりと解いた
ただ遣り過ごす先を明日と呼ばない 顔を出すなと言われても
僕は往くよ 何か伴えば痛みじゃないし
往こう 仰ぐよう漂って平衡を失くす
数え終われば目を開き 往く。
♪ 九月三日
joker
誰に会えなくたっていい 夜という背を見送った
そう悪戯に照らさないで 裏返す指先の神経衰弱
手を止めたことに気付きながら
描き終えるのを待っていたドア
あれだけ願った灰色の空 雨が降って水底と化した
水槽のような濁りの中を 無数の深海魚と擦れ違う
止んで唯一 結い二つ
両手並べて間違い探し
何も言い聞かせられてはいないんだ
この弦を渡っていく音も 何ひとつ
それでも僕は、その歌が聴こえる場所にいた。
♪ 十月三日
porker
とても小さく 合図が鳴った
あの日飲み込んだ傷が 出口を求め
例え たった一つでも
届くのならと 浮かべつづけた
季節のように 僕の手を取り
その頬の頷きを 教えて欲しかった
いつか君に 話したみたいに