平成二二年度

 

 

 

  ♪ 四月二日

指腹グリッサンド

 

 振り回すのは人形めいた首。

 見下ろすのは塩のかかった靴。

コメントは偶数。笑みに歪み

 

取り柄なんていらないそんなもので片手間に扱われたいと思わない

 鯡を嗅ぎすぎて赤に染められた人ばかりで

 床を拭けばいいのに椅子を置く人ばかりで

 覚悟と共に手を下ろそうにも最後まで嫌えない人ばかりでどうしようもない

 

何も得ていないことを何も失っていないんだと誇ってるだろ

握り返してくれるものにしか触れたくないと震えてるだろ

首筋ばかり欲しがる舌は引き抜かれて構わないだろ

 誰もいない場所だけを愛せやしない分際で

 

 叫ばなければ聴こえないほど僕の声はか弱かないさ

あんなもんが僕の希望でこんなもんが僕の絶望である訳ゃ無いさ

 伸びた爪でタップ 散りばめたパーム 聴きたいノイズ 止めるハーモニクス

 あっちが壊れないからこっちが壊れてる笑っていればいい

 世界が回らないから首の方を回してる笑っていればいい。

 

 

 

 

 

  ♪ 四月二八日

午後のカフェイン

 

雨が降るように光が注ぐ

風や雲のない こんな飾り気のない日に淹れる

黒く苦く

本当に欲しいのはあの香り 温もり 空気 時間

ただ 白い甘みで濁していて

 

こんな日、悩もうと思えばいくらでも悩める

苦しもうと思えばいくらでも苦しめる

人に迷惑をかける覚悟もなく歩くよりはと思う。

 

日が沈む。

だから窓を開けた。

もうすぐ変わる匂いがして、遠く見えた気がして、声にならなかった。

 

抱くすべてを心と呼んで、訪れるすべてを未来と迎えた。

触れるものすべてを愛おしく見つめ返し笑っていた。

あの日見た空の色は、忘れられずにもう描かれない。

 

 

 

 

 

  ♪ 五月一二日

語感故

 

 いずれゆく境

 急じゃなくたって適わぬ

 君じゃなくたっていいと掃う

 沿わぬとてと伸びる指なら払う

 欲しいのはただ向けられた声。

 

 

 

 

 

  ♪ 五月一三日

喉笛ビブラート

 

 足跡の残らぬ道に気付く

立ち止まりて声を惜しむも

 黙れず吹いた風に名を聞く。

 

 辿り着いた陸橋の下

見上げれば太陽を庇い渡っていく喉

遠のく灰と降り注ぐ青とのコントラストを和らげる雲

 君も抱きしめられたことが無いんだろうと仰ぐ。

 

 

思いは頬を伝うばかりで あとはどこに向ければいい?

 ねえ貴方たちは大切なことばかりを知り 持っていく?

 ああ可笑しい? ああ正しい? そんなにか

 ああ言わないと。「誰からも必要とされないんだ」って

誰かに言われる前にはさ

 

 同じように刈り取ればいい どこまでいけそう? 声を殺した夜に

朝がくるよ日が昇れば終わるよ それまでにどこまでいけそう?

 灯りが無いから進める道もあるんじゃない

だったら言われる程じゃあないんじゃない

 

 ずっとひとりで繰り返すバンドスコア 壁に貼ったコード譜

 迷惑そうなマジョラムとアジアンタムに霧吹き

 ずっとひとりで書き起こす紙面 広がる詩想を前に確かめもせず

 非難された声と否定された言葉で始めよう。

 

 

 

 

 

  ♪ 七月二日

めであい

 

「嘘でないことが何より大事であるらしい。

知らない。口の中で換えていくことをまだ。」

 

半夏の雨を 掬い乾さんと 烏柄杓

 

「もう思い出せないのだと君が言う。しかたなかったと君が言う。いい過去だったと君が言う。永遠なんて無かったと君が言う。」

 

石の上を脈々と走る根。集まり重なれば破けるようにひらく。傷のない痛みが這い寄るように。

 

「あの時はどちらかというと胸の狭さに泣いた」

「よく言えたよね」

「レミファソの指で」

「・・・こう?」

「笑わないよ」

「笑わないの?」

 

いつでもそこにあるという安らぎで静かに忘れ、

いつもどちらかが置き去りにされるようそっと

優しく確かに季節はうつろう。

 

「人は魚。」

「路は川。」

「階段は滝。」

「橋は潮。」

「風は波。」

「街は海。」

「ビルは岩礁。」

「泡沫の雲。」

「流れていくヒトデ。」

「満ち欠けるクラゲ。」

「舟。」

 

笑みが止まった。そしてオミナエシのひらく音に聴いた。

 

 

 

 

 

  ♪ 七月三一日

長い話を

 

 長い話をしよう  これまでのことやこれからのこと含め。

 

 洗い物は終えトイレも済ませておいた  音楽は何がいいだろう あまり洒落てないもので。

 温くなるだろうけどボトルごと出そう  あなたが髪を乾かしたのなら 長い話を始めよう。

 

 ソファとテーブルが格好いいけど無いし  グラス床に置いてベッドに凭れよう。

向かい合うことが多いから偶には並んで  窓を開けて同じ夜を見よう。

 

 少し不便でも片手は繋いでいよう。

あなたの気持ちを知り過ぎないように 見つめ合わずに隣り合い

 話そう どんな夢だったか

 お互いに浮かべ合った日々を。

 

 

 若いピアノと老ヴァイオリニストの二重奏  反発せずも収まらず 引き摺り合うように届く

 混ざらないけど離れない水と油みたいで  吊り合わない揺れの耳当たりが好いね

 

 二人で一対の 左右の手は 寄り添い継ぎ足すには充分みたい

 あまり簡単には笑わずに 長く過ごそう  忘れていたことも思い出して 長い話を。

 

少しずるく眠ったふりをして

あなたの気持ちが通り過ぎないように 耳元で言葉の無い声を聴き

 聞きたい どんな夢だったか

 君が僕に見た日々を。

 

 眠りにつくまで少し確かめ合おう

 そのまま行儀悪く眠って、寝心地の悪さに早く目覚めた方が起こして 狭いベッドでまた眠ろう。

だから今夜は長い話をしよう。

 

 

 

 

 

  ♪ 八月一日

 

 随分過ごした日々に別れを告げた

 嘘めかないようにと上擦った

 

 諦めない理由はそんなじゃないのに

 挟む口も無く聞かされている

 

本当は誰の胸にも続くことを背中で分けて

まだ僕らは叫べずにいる

 

本当は誰もが 目指す場所にもう辿り着ける

ただ誰もが 越えてまでそこに降り立とうとしない

 

 いくら言ったって今を選ぶのでしょう 今を選んだのだから

 明日を見つけないまま あと何度今日を繰り返して

 

 

 

 

 

  ♪ 八月四日

 

 しかし珍しく飲み会なんかに参加したなぁと思っていたら、案の定つまらなそうに、それでいてしっかりと酔っ払って、彼は帰ってきた。

「お、えらい。ちゃんとこっちに帰ってこれたね。」

「自転車でも・・・飲酒運転は飲酒運転ですから。罰則ですから。」

 今にも爆睡もしくは吐瀉しそうな顔のくせに、生意気な口調は相変わらず。

「そっかそっか。とにかくお上がりよ。お風呂入れる? かもう寝る? なら布団敷こっか。」

「う・・・。」

 子供っぽい動作で靴を脱ぎ捨て、それでも本能なのか玄関に上がると振り返って屈んで靴をちゃんと揃えて、彼はふらふらと廊下を通り過ぎる・・・かと思ったらいきなり直角に曲がり、道を空けて壁にくっついた私に抱きついてきた。

「んんー?」

 困って妙な声が出る。彼も「うー」とか唸っていて会話になってない。

「おーい。ちょっとー・・・。」

 壁に押し付けられたまま体重を掛けられて、ずるずると床に引き倒される。酔っているという口実がある時、この子はすっかり理性を忘れてしまう。

「こら・・・ダメだよ?」

 一応は制止しようとするが、彼はピントの合っていなさそうな目で私の寝巻きを眺めていて、矢庭にその襟を引っ張った。広げられた隙間に口元を寄せ、肩の辺りに舌を這わせてくる。

 少し前にも、同じように酔った彼が今のように襟近辺に接吻してくることがあった。その時私はあまりのくすぐったさについ声を上げたのだが、彼はどこか思い違いをしたようで。それからは健気に同じ部分を探すのだ。

「・・・。」

 なんだかすごく頑張って見えるので、とりあえず抵抗するのをやめてみる。目線を上げると、彼の肩越しにドアがある。鍵は開いたまま。今管理人さんとかに開けられたらちょっとなあと思う。「人が来ちゃう」とか「見られて興奮」みたいな漫画っぽい要素は私にはない。それを知ったら君はどれくらい落ち込むのだろうね。

 だんだんと退屈してきて、ふわりと彼を見る。精悍とはとても言えない顔つきと、たまに羨ましくなるくらいのもち肌。あまり色素の詰まっていない長めの髪と、寝覚めの女子高生みたいな声。

トータルで正直、男らしくはない。ちょっと指とか膝で触ってあげると一々声を漏らしたりするところも、なんか女の子チック。

 そんなどっか中性的なところのある子だから、彼が私を押し倒している光景はなんとなくレズっぽい。言うとへこみそうだから言わないけども。しかし女の子みたいだと言うと傷ついてしまうところは女の子よりももっと女の子だなぁと思う。

「・・・何でニヤついてるんですか・・・。」

 眠いのか酔いなのか判然としない、呂律の回らない口調で言う。察するよりもずっと上機嫌のようだ。

「 ―――いっ」

 だからこうして、調子に乗ってきている。

「った! ちょっと何してんのこの子は!」

 手を振り払い、ごろりと転がって彼の体の下から抜け出す。バランスを崩して床に突っ伏したみたいだけど知ったこっちゃない。

すぐ廊下の壁に行き当たったので、そのままそこに密着して彼に背中を向ける。

「あ・・・ごめん、なさ・・・。」

 途端に弱りきった声になる。今、どれほど困った顔をしているだろうというのも想像できる。

「・・・。」

黙殺する。当然簡単には許さない。みるみる彼の酔いが引いていっていることだろう。

「・・・あの、」

「すごい痛かったんですが。ていうか今もまだ痛いんですが。」

「・・・ごめんなさい。」

 躾のためとはいえ、彼の弱り顔が見られないのは少し惜しいが、それでも背中を向けたまま。乱れた髪で視界は悪いが、どうせすぐ目の前の無機質な壁紙しか見えない。

フローリングの床が頬に冷たくて気持ちいいので、それを感じさせないよう不機嫌そうに息を吐く。同時に、綻びのような感情も生まれている。

 こうしていると、一見完全に拒否しているみたいだけど、顔を逸らしているとかではなく、背中を向けている≠フであって。だから拒否ではないんだ。

「・・・るこさ・・・きげんなおし・・・。」

「・・・。」

「うう・・・。」

 そんな背中なんだから指先を使わずに解いてほしい。もちろんそうは出来ない彼だから望む悪戯っぽい心で。

 

 

 

 

 

  ♪ 八月一四日

 

 

 夕べに扇いだ山水が 異国の砂を浸す

 遺された少女椿が 笑顔のように咲く

 

 あなたが折った桜の枝は 長い時間に僕を描いた

 

 また向かいに座りたい

 あの頃の眼じゃなくても教えてほしい

 好きだった花や酒 道や魚を辿りたい

 

 あなたが繋いだ命は呼んで 歪に僕を結んだんだ

 

 同じ手だ 変わらない

 象ったんだ 紡いでいく

 あなたが遺し あなた以外が残った

 伝え終えたとしても伝わり続けていく

 呼び覚ましながら 同じ水に糸を落とすよ

 

 

 

 

 

  ♪ 八月一六日

 

 

 少し向こうの叢の上 泳ぐ羽の瞬きは蜻蛉。

 夕日に返る蛍のようで 少しの光で無数に漂う。

 

 この川は流れ着きそうで 望みと恐れに胸を押さえた。

 花をのせた小さな舟を浮かべて 最後の光に向けた。

 

 あの時に思ったよりは 笑っているんだ。

 

 

 

 

 

  ♪ 八月二九日

 

 

 広げた手を向けた

影を重ねてそっと深めた

 継ぎ目には歪むも鮮明に写った

 

思い出すことも少なくないが ほとりを歩いた

 嘘を甘く飴玉のように交し合ったことも

 飲み込めずに味わっているが

とっくに吐き捨てていたんだよね

 

失うことさえ 失くし合えるのならと掴んだ

 その筈だった

 噛み砕けなくていい

 

 僕は手を伸ばす

 

 

 

 

 

  ♪ 一〇月一日

 

 月さえ点滅を始めた

 脈打つように日駆った

 

 どんなに口先混ざり合う場所でも

 そこに相応しくない僕は絶望のように繰り返した

 

神とやら(さぞ美しいのだろうね)今に間に合わなくなる

最期と言わず審判を急げ

 

 旨くいかない 旨くいかないな

 ひどくまずい酔い 旨くいかないんだ

 

 だって「コトバより大切なモノ」がやけに口うるさく蔓延っていて何とでも言う

 

 思い出す映画も無く続ける

 それでもいつかは笑えるんだってさ

 今を踏み潰して目指す歩きたい未来ってどんな?

 

 僕は選ばずにゆく そこに一つの正しさなど無く

 何も決めたくはないことを自分で決めていいだろう

 

 くろい くろいな

 くろい

 くろい。

 

 

 

 

 

  ♪ 一二月二六日

letter

 

 白く漂う冬空と 画かれていく線

 きっと君がいつか見た絵のままに

 

 続く道は長い気がして歩く

 響く場所のない声だとしても

 僕にはそのままでいい 聞こえるように言わなくていいよ

 

 傷つかないことが強さではないと

 今も胸の奥で そう鳴ってる